新世界から

新世界から

2021.10.23 – 2021.11.12 東京・福島

この3週間はほぼ3カ月に近かった。体感としてそうだった。簡単にまとめてみる。杉並区から東村山市に転居するための準備は、まる6日半かかった。この間、そして転居後も含めると、3人の友人・知人に荷造り、荷ほどきのようなものを手伝ってもらって、うち1人は計3日もつきあってくれた。そういう、人びとの愛情に支えられながら、なんと荷造りは、引っ越し業者のトラックの到着する8分前にやっと終わる、という壮絶さだった。そして引っ越し直前には、いろいろな人たちに挨拶した。いろいろな人たちに、自分や、妻や、つまり「古川という家」の生きる姿勢というのが、見られていたのだな、と実感した。泣きそうなことは幾つもあった。プレゼントをいろんな人からもらったり。〈別れ〉は、当たり前だが、さみしい。

転居の前日に大家さんと呑んで、当日には、何時間も転居作業を見守ってもらって(なんと業者さんにお茶まで出してくれた)、おなじ場所に19年近く暮らすというのはこういうことなのだな、と胸に迫った。ということがあるいっぽう、私は途中で杉並区から東村山市の「雉鳩荘」にさきに行って、到着する荷物を捌く必要があって、最後までとことん別れを惜しむ、ということはできなかった。不安だったのは、梱包された150個の段ボール箱が、狭い新居に入るのか? だった。けっこう切実にこわかった。が、入りきった。呆然としながら、夜、この転居日にもつきあってくれた友人と、みんなで餃子を食べた。

それから段ボール箱の開封やもろもろの器具、家具のセッティングに翌日以降うつるわけだけれども、そして、実際に火事場の馬鹿力でこなしていったわけだけれども、転居の翌々日には私たち夫婦は新型コロナウイルス用ワクチンの第1回めの接種、なのだった。会社にも入っておらず、引っ越し前の自治体(杉並区)が二十代三十代の接種優先、妊婦さんとその伴侶の接種優先、の方針をとっていたこともあって、気がついたらこの日以外、だめなのであった。まあ、なんというタイミングでの注射であろうか。

さらに翌々日からは福島で、母の三回忌と、県内の高校生たちがメインの聴衆である講演会に臨んだ。「雉鳩荘」から実家に帰るルートが、初めて過ぎて馴染まない(当たり前だが)。『ゼロエフ』に登場した吉田博文くんにも会えた。いっぽうで、講演会の準備に根を詰めた。講演当日の朝など、目覚めた瞬間から瞳はギラギラである。さいわい、充実した会になった(と思う)。そして、そこから「雉鳩荘」に帰宅するわけだが、翌日は劇場アニメーション『犬王』の初号試写で、紫綬褒章を受章されたばかりの湯浅政明監督に私が花束を贈呈する、という大役があって、というか、大きなスクリーンときちんとした音響機材を通しての『犬王』の鑑賞は、私を圧倒したので、それをなんだか監督に、みんなに伝えた。なんだか、なんとか伝えた。で、その翌日にも翌々日にもいろいろあって、その間に私の出演しているマシュー・チョジックさん監督の映画『トシエ・ザ・ニヒリスト』が中国・深圳の映画祭で最優秀ビジュアル賞をもらったと思ったら、11月7日にはニューヨーク国際短篇映画祭で最優秀コメディ賞を射止めた。ちなみに9月末にはシドニーの「アンダーグラウンド・フィルム・フェスティバル」で観客賞を受賞している。なんか凄い。

短篇小説『太陽』のことも書く。この、文芸誌「ことばと」に掲載された小説は、編集長の佐々木敦さんに私がある問いを投げて、彼がある答えを返したことから、誕生した。その答えとは「TOKIO」である。沢田研二の。私はそこに、今年の東京オリンピック、というものをまっ正面からぶつけた。つまり、オリンピックと佐々木敦さんがいなければ誕生しなかった小説、が誕生した。そのことがうれしい。「オリンピックをどう思うか」の直球過ぎる問いを、文学的に脱線、昇華させられた気がする。すでに東京オリンピックが〈風化〉した日本で、この小説(という球)を投げる、ということには、私なりに意味があると思っている。

そして、小説がらみでもうひとつ。新しい小説の、連載第1回、を私はここ「雉鳩荘」で仕上げた。そこまで進んだ。そして、いまは、ひさびさの「戯曲」……新しい戯曲というものに手をつけている。そこまで進んだ。正直言えば、心身はともにボロボロで、どうやって毎日をサバイブしているのか理解に苦しんでもいるのだけれども(当人なのに!)、それでもやっている。私はありとあらゆる環境を変えようと思って、実際に環境は変わりつつある。

ここには書かなかった「ある事情」との関わりで、私は、この11月の第1週には血液検査やら心電図検査やらなにやらを受けた。すると、健康……健康体だった。そうなのだ、そういう次第なのだ。私が自分に課しているストレスは、今後、ほぼ全部をクリエーションのために機能させる。そこまで行こう。