時間をさかのぼって、というのは見せかけで

時間をさかのぼって、というのは見せかけで

2022.04.23 – 2022.05.12 東京・埼玉・ロサンゼルス(アメリカ合衆国)

この「現在地」という記録にはルールがあって、不可能な状況に陥ったのでなければ毎月第2・第4金曜日に更新する、というのがそれなのだけれども、今月の第2金曜は5月13日のはずである。しかし、私のいる世界では、その13日の金曜日を待っていては、日本時間の第2金曜日に間に合わない。というわけで、5月12日、この原稿を UCLA 内のホテルから日本にいるスタッフへと飛ばす。私にとっては12日なのだけれども、それがすなわち13日の更新だ、ということになる。

UCLA とはもちろんアメリカ西海岸にある大学のことであって、ここで開催されている日本文学研究の学会に出席するため、じつに久しぶりに海外に渡航した。基調講演と朗読をするために招かれて、その予定は5月13日の夕方に組み込まれているので、これの報告なんぞをしながら今回の「現在地」を執筆・更新して……と考えていたら、見事に時差マイナス16時間の罠に落ちた。なかなか初歩的な罠で、そんなものにスポンと嵌まってしまう自分を、とはいえ当然だよなあとも思う。「いったい、旅行ってどうやるんだっけ?」と思いだすところから、私は旅を始めたに等しかった。

凄い陽射しがある。もの凄く広い青空がある。笑っている人びとがいる(本当に本当に多人種だ)。マスクは、している人よりもしていない人のほうが多い。けれどもバスに乗ったら、抗ウイルス用のゴム手袋をして、あらゆる箇所に消毒スプレーをかけている人もいた。「いろいろだなあ」という至極当たり前のことを、「こういうふうに当たり前なんだなあ」と不思議な実感とともに、消化する。私はと言えば、屋外ではマスクをしていないのだけれども、フッと「あ、俺は無防備なのか?」と感じてしまったり。帰国の前日に PCR 検査を受けるのだが、仮にその結果が陽性だったら、しばらく日本に〈上陸〉できない。

出国直前まで連載小説の『の、すべて』を書き、それを仕上げると即座に劇場アニメ『犬王』の複数の取材に臨んだので、なにか、頭がずっと痺れていた。ただ、私は空港が苦手なはずだったのだが、これはやっぱり白内障手術の「うれしい結果」なのだろうが、今回はそんなに〈空港恐怖症〉は出なかった。あらゆる(構内の)表示が、私の裸眼で、確認可能だったからだ。そして羽田の国際ターミナルは、ほとんど10分の1のお店が閉まっていて、やや寂しさをおぼえる閑散さがあって、それは私を落ち着かせるように作用した。

『犬王』の取材日には、アヴちゃんというかアヴさんと対談するということがあって、私は、いまロサンゼルスでその情景をふり返っているのだけれど、アヴさんは「自分は犬王だ(だった)」と考えてくれている。この、実在する犬王に原作者として対面する、というのは、私の小説『曼陀羅華X』で、作家の〈私〉がその上梓した小説を通して、結果としてラジオ番組のパーソナリティという形で現実の世界に誕生させてしまった、つまり生身にしてしまった、その生身のほうの小説内のキャラクター(=DJX)に出会った場面に通ずる。それはいったい、どういうことだったのだろう、と咀嚼しようとするのだが、そうすると頭はクラクラする。演ずるという行為の向こう側に、生むだの、産まれるだのの事象がともなう……かもしれないのは、本当のところはどのように理解すればよいのか?

私もまあ、ちょっとは演じもするわけで、出演した映画『トシエ・ザ・ニヒリスト』(マシュー・チョジックさん監督)が、今度は第75回カンヌ国際映画祭の短篇フィルムのコーナー等、ふたつのコーナーに出品されたと聞いた。カンヌのサイトに自分の名前が載っている、というのを確認するのは、本気で不思議だ。

しかし、まずはなによりも、基調講演である。今年の学会の主題は ‘Turning Points’ で、私はそれを語れるか?