人びとの手もて十字は

人びとの手もて十字は

2021.02.27 – 2021.03.12 東京

すでに誰もが気づかれているとは思うけれども、『ゼロエフ』の告知映像がアップされて、このウェブサイトのトップページで再生される形になった。私の撮った動画と写真、私を撮った碇本学くんの写真を素材に、河合宏樹くんが編集してくれた。短い映像だが、そこには私の感じた〈緊迫〉というものが凝縮して宿されている。後半、私が詠んでいるのは宮沢賢治の短歌である。賢治は福島を題材にした短歌を、2首、残している。

私は『コロナ時代の銀河』の脚本を書くために、賢治の全集にある短歌を全部読んだのだった(じつに膨大な数がある。味読するのに2日を要した)。しかし、なぜ短歌が要ったのか? 切り刻む定型のリズムが、声として、交換される空間を産むために、とは説明できる。今回は舞台を作ったのではなかった。映像の作品に挑んだのだった。廃校が撮影場所となるのだった。2月16日にロケハンに行って、到着して20分後から、早々にあらゆるイメージが弾けた。校庭に入り込む車、降りるカムパネルラ、しかし口には不織布マスク、目にはアイマスク、耳にはヘッドフォン……。それから「体育館」への道程。

いったい、この時代の日本で、「体育館」とは何を指すのか? あるいは何のたとえとなるか? ロケハンに同行していた河合くん(=河合監督)は、さっさと理解したし、私たちの理解は通じ合っていた。そこからいっさいは弾けたのだと思う。いったい映像作品『コロナ時代の銀河』とは何か? 広報の初期には「無観客野外朗読劇の、記録映像」と謳っていた。それは間違いではないのだが、これは「廃校で上演された無観客の公演」を記録した、その〈ドキュメンタリー〉を孕んだ映画なのだ、とあるスタッフが言った。そのとおりだと思う。

別のスタッフは、この『コロナ時代の銀河』に、ありとあらゆる〈裏方〉が堂々と映っていることが、ひとつの価値なのだと言った。本当にそのとおりだと思う。朗読劇を上演する際、ステージにはたとえば4人しかいない。しかし、その2倍、3倍、あるいはそれ以上の人間がいなければ、そのステージは成り立たない。そのことが可視化されたことが、たぶん最大に重要(なことのひとつ)なのだ。『コロナ時代の銀河』の第3幕は「校庭に人びとの手もて十字は組まれ」とのタイトルが付されている。そこにこそ、脚本を執筆した私の思いはある。

その〈思い〉を、2021年3月11日の午後2時46分に届けようとしたのだ。そして、いまのセンテンスの助詞は間違っている。2021年3月11日の午後2時46分から届けようとした。10年めの区切りは、私は、どうでもよいと言えばどうでもよい。その区切り「から」続けられる物事。その時刻「から」誰もが観られる映像を、この世界に存在させること。それだけをやろうとした。それだけが必要だった。しかも、この『コロナ時代の銀河』は、私だけでは到底産み出せなかった。十字を組むのは「人びと」である、ということ。それさえ視覚的に伝えられれば、私(たち)は10年めをきちんと通り過ぎられたのだ、と言える。