よいお年を

よいお年を

2024.12.14 – 2024.12.27 東京・大阪・福島

今年最後の「現在地」がこの文章である。私はいま、どのような場所に立っているのか? それはたぶん、これまで〈文学〉と呼ばれていたものの終わる場所であり、私やそれ以外の人間がそれでも〈文学〉と呼ぶものが始まっている場所である。そのことについて、批評家の大澤聡さんとしっかりと語ることができた。それが毎日新聞と朝日新聞の合同企画の「2024年 文芸回顧」企画であって、2紙の文芸時評をそれぞれ担当している大澤さんと私が、対談をするという形で、それは実現した。

これは毎日新聞の紙面にもデジタル版にも、朝日新聞の紙面にもデジタル版にも、それぞれ「異なる言葉」でもって結実した。というのも、記事をまとめるのは各紙(の担当記者)それぞれであって、同じひとつの〈現場〉が複数のアウトプットを持ったということになる。各紙面版・各デジタル版ともに細部は異なっていて、もっとも長いバージョンは毎日新聞のデジタル版(上中下の計3回)だ。ただ、いずれにしても、まとめとして私が語ったのは、「明治以降に打ち立てられた(いわゆる)国民文学は、もう終わっている。代わりに、別な〈文学〉が、もう始まっている。それは世界文学でもある。その事実に気づいている人間は気づいているし、書き手たちはすでに書きはじめている」的な内容だった。

終わりは、終わった。だが悲劇はそこにはない。すでに始まりの始まりはスタートしている。もしも、このことを視野に入れられない人間なり文芸シーンなりがいる/あるとしたら、それは既得権益に縛られているからだし、既得権益の幻(それを「ああ、昔はよかった」感性という)に縛られているからだろう。

昨日、私は自分の名前に関して、ある気づきを得た。私の古川日出男というこの名前は本名である。本当は、一族の男系的には、ある漢字のひと文字が授けられるはずだった、が、そのひと文字は私にはない。私はまるっきりの傍系、まるっきりの周縁性そのものである。だが、見つめてほしい、古川とは古(いにしえ)からの流れだ。そのままで行ったら伝統墨守しかできない。しかし、その太古からの流れの先端に太陽が昇る。日の出だ。それは終わりの時代に誕生している、始まりだ、と誇大妄想として感得できる。しかもジェンダーこそが最大にセンシティブなイシューである現代に、この名前(本名!)には、男、とすら刻まれている。その傷を私は平然と受け止めるし、その傷を愛する。

続いて近況を羅列する。本年最後の朝日新聞の「文芸時評」は、透明な目で何かを見据えられたような、そのような体感を持てる原稿を発表できた。すばらしい作品群がこの時代にあちこちに生まれていることを祝福する。私は先週末(2024/12/21-22)は福島へ行って、私の行動をサポートしてくれる仲間のような後輩たちとともに時間を過ごせて、しかし彼らに合流する直前、ほぼ遭難しかけた。シリアスに命の危機というのを感じた。が、無事である。それは待ってくれている彼ら、つまり真実、仲間である者たちが近いところ(距離にして数百メートルの範囲内)にいてくれたからだと感じる。私が11月末に受けた人間ドックの詳細な検査結果が来た。すると、たしかに私の胃腸は慢性胃炎だの十二指腸潰瘍だのその他だのにやられている、しかし、この胃腸系いがいは元気だった。ストレスに冒されていない身体の他の箇所は、だいたい健康そのもので、とりわけ聴力(!)と肺活量(!)はたぶん平均値の遥か上を行っていた。なんだか凄い。

最後に、今年出した2冊の著書のことを。『超空洞物語』の内側に収めた私の文学セオリーは、時限爆弾だ、と自負する。〈いま〉ではない未来に、きっと鮮やかに、いずれ誕生のビッグバンが、ここから、この文学理論から(も)生じる、とそのことを信じている。そして『京都という劇場で、パンデミックというオペラを観る』は、新型コロナウイルスという悲劇そして異様な状況の生々しい記憶がほぼクリーンに拭い去られた未来においてこそ、誰かが読み直すし、たぶん(もしかしたら、初めて)ちゃんと読む/読まれるのだ、とも信じる。

いや、それらを「心から願う」のだ、とも言い直す。

正直に、そのように言い直す。よいお年をお迎えください。