
その15年前の俳句にいる彼と、この自分と
2026.05.09 – 2026.05.22 東京・埼玉・シアトル(アメリカ合衆国)・ニューヨーク(アメリカ合衆国)
私の『馬たちよ、それでも光は無垢で』という本のほとんど終盤部に、私が2011年の4月から5月にニューヨークにいた時のことが書き記されている。その事実を、つい先週まで、忘れていたといえば忘れていた。もちろん「忘れていなかった」のほうが真実に近いのだけれど(それを書いたという感覚を喪失することはない)、意識の上に浮上させることは普段はなかった、ということだ。しかしそこにはいろいろと書かれている。柴田元幸さんの名前もレベッカ・ブラウンさんの名前も、ローランド・ケルツさんの名前もある。私は少し前までシアトルとニューヨークに飛んでいて、そこでこうした人びとと再会していた。今回は柴崎友香さんといっしょだったしマシュー・シャープさんとも対話した。それからテッド・グーセンさんと再会した。そのテッドと、それから柴田さんと北海道でイベントをやったのは2019年6月だから相当な時間が経った。だけれども、『馬たちよ』には今回はいっしょではなかった大切な方々の名前も刻まれていて、たとえば川上弘美さんや小澤實さんやスティーヴ・エリクソンさんの名前がとどめられていて、それどころか、俳人の小澤さんが作られた句も、そこにあり、それは
〈うなるだまるどなる祈る汗す〉
であって、ある人間を写生している。2011年の春の彼を写している。この強靱な、すばらしい一句に写された彼は、私だ。
日本に戻ってきて、そのことを噛みしめている。15年。ほんとにまるまる15年。東日本大震災からのこの歳月は、自分をどんなふうに変えていったのだろう? いや、言葉を換えよう。自分をどんなふうに老いさせていったのだろう? 自分が成長しなかった、とは言わない。しかし、世間的な意味では自分はそんなに成長しなかった。これはつまり「出世しなかった」と言い換えられる。自虐ではない。結局のところ自分には欲望が足りないのだ。私は人とつながりたい。私の表現(本、その他)が、必要とされるところにつねに届く状況を獲得したい。しかし出世したいか? 否。
困ったことである。
にもかかわらず「必要なところに、つねに届けられる」の空間的な規模に関しては、宇宙スケールの欲望を持っている。
出世しないで、それができるのか? 普通はできない。
だが、やってみたい。
この(俗世の裏側にあるような)欲望。困ったことである。
シアトルで朗読した。ニューヨークでも朗読した。併せて5度、その計5回のイベントで朗読した。私は、普段話している最中に怒鳴るようなことは(ほぼ)ない。唸ることはあるかもしれない。黙ることはけっこうある。祈ることは? いつも、ある。汗することは、きっと、ある。だけれども朗読をしていて、自分の〈枠〉を取っ払ってしまう時、結局はいまも小澤實さんが描出してくださったように、唸るのだ、怒鳴るのだ、怒鳴ることで祈るのだ、祈ることが唸りに変ずるのだ、汗しているのだ、黙っていてもリーディングは持続しつづけるのだ、そして届いているのだ。何人にも何十人にもに、なんらかのリアクションをもらった。正直言うと驚いた。
まだ届けられる。
まだまだ届いている。どこでも届けられる。
今回はだいたい『平家物語 犬王の巻』について尋ねられて、回答することが多かった。いま英語版 MONKEY 誌に抜粋が掲載されているからで、来春単行本(英訳)の刊行が予定されているから。それは10年前に全身全霊の想いで書いた本だ。とはいえ、もう、10年も前だ。私はひと言も『夏迷宮』に関して語らず、『犬王』を書いている時の10年前の自分に戻るようにして、それはその頃の著者の彼を自分に憑かせる、という営為にも似ていた。その彼と、この自分はたぶん少し違う。しかし、私は結局のところ「何人もの彼を憑依させた Hideo」なのだった。本を書くたびに、自分を複数化させている。その感覚が、うまく伝わるだろうか? わかってもらえるだろうか?
そして15年前の彼もいた。
あの震災からふた月経たず、飛行機に乗り込んで、かなり適当な英語でどうにか場を凌いで、だが人びとに囲まれていた。人びとに温められていた。その15年前に披露した朗読のことも、「あれはよかった。あの印象を忘れない」と伝えてくれる方々がいて、そうか彼は頑張ったんだな、とこの自分が思っている。
じゃあ、この2026年の自分は、ということだ。
この彼は、5年後に、10年後に、何かを自分に与えられているだろうか。いいや……この世界に、何かを与えられているだろうか?
この彼は、その彼は、と思うのだ。だから、逃げないで創りつづけようと望むのだ。そして、誰かと共にいたい、この場所でも、遠い場所でも、間に太平洋や大西洋があっても、どの大陸上でも、とも思うのだ。みんなで温めあえるはずだ、と、そのことをずっと信じているのだ。彼も信じていた、だから。

