猫がいます

猫がいます

2026.05.23 – 2026.06.12 東京・埼玉・京都

もしかしたら唐突に映ったのかもしれないが、私は「群像」誌で創作論の新連載を始めた。だいぶストレートなタイトルで、それは『ツァラの創作論 小説家はどう長篇を書いているのか』という。連載なのだが、次回は3カ月後である。ついでに予告しておけば、次々回はその2カ月後である。たぶん、そこからはペースが上がる。ここでは私はそうとう真剣に「どうしたら書けるのか、小説が? そして、どうしたら(小説家に)長篇小説が書けるのか?」を問うている。今後も問う。ただ、こうした問いかけは相当にハードな次元に置かれていて、私は、私ひとりでは到底回答できない。

それでどうするのか、だが、猫の手を借りる。
いま、私はふざけて「猫の手を借りる」と綴ったわけではない。
本当に借りている。連載第1回を読めばわかる。

私は作家なのだけれど、じつは、ある時期まで自分の〈実人生〉をほとんど素材にしなかった。もちろん、ほとんどの小説には自伝的要素は溶けている。が、この「溶ける」という言葉が肝で、たとえばデビュー作の『13』の自伝性は、私が明かしていない幾つかの私の身体的なハンディキャップや家庭環境(生い立ち)を踏まえなければ、誰にも「自伝的だ」とは思えない恰好をしている。そういうふうに溶けてしまっている、溶解しているのだ。私はそれをいいことだと思っていて、だからそういうふうに書いてきた。いまは、ちょっと、考え方は変えた。そして、これはけっこう断じてしまうが、キャリアの初期から「『自伝的だ』と自分で解説できる表現物」を出してしまえる表現者を、私はあんまり信じていない。

まあ、しかし、それぞれのやり方はあるのだろう。
それはわかる。
私の場合は、こうした(ある種の)複雑さが、ほぼ必然だったのだ。自伝がさっさと書けるようならば、そもそも作家にならなかった、とも言い換えられる。

5月の中旬が終わる頃に日本に戻ってきて、それからこの月のうちに、みっつのイベントに出た。それは(1)独りでやるイベントであったし(2)批評家の大澤聡さんとやるイベントであったし(3)計8人が朗読者として出演するイベントだった。これらに8日間のあいだに出たわけだけれども、それは極めて豊饒な体験だった。独りで聴衆の前にいる、というのは、その聴衆の全員に対して誠実に〈在る〉ことだとも換言できて、この時、『夏迷宮』という本は素直に生い立ちを語った。それは、つまり、私がその生い立ちを語れるような「何かを突き抜ける感触」があったということだ。そして大澤聡さんとのイベントでも朗読したのだけれども、このふたつのイベントにおける『夏迷宮』の朗読は、たとえばシアトルとニューヨークで行なった『平家物語 犬王の巻』の朗読とは異なった。

私自身の分析を書く。アメリカ合衆国のその合計いつつのイベントでは、私はたぶん「物語を憑かせる」ということをしていた。イメージしやすい言い方を採ると、私は琵琶法師(の同族)と化していたのだ。が、日本国内で読む『夏迷宮』ではそうはならなかった。それは『夏迷宮』という小説の文体、あるいは構造的なるものとも関係するのだけれども、この小説を朗読する時、私は「そこにはない場が起ち上がる」のを実感した。

存在しない場を起動させること。それが『夏迷宮』なのだ。
あの本から始まった、私の新しいフェーズだし、作家的試みなのだ。
それがはっきり了解された。

面白かったのは詩のイベントで、それが第3の、合計8人の朗読者が出た上野水上音楽堂でのチャリティー・フェスだが(ちなみに、これらのイベント群はどれもアーカイブ動画が販売されている)、そこで詩を読む時、また『夏迷宮』も続けて読んだのだけれど、そこには起ち上がる場があるというよりも「場に、古川日出男が憑依した」感触があった。まるっきり異なるモードである。たぶんトリガーは自作の連載詩『火歌 hiuta』から最新作を朗読したことに内包されていて、つまり、詩には曰く言いがたい力が孕まれている。

それはなんなのか?
このことに関しては、これから突きつめる。まだ私はわかっていない。

それにしても、10年前20年前もたしかに私は詩を読んでいた。が、それらは他人の作品だった。尊敬する、絶大的な敬愛を持っている、詩人たちの、詩作品だった。が、今度は自作だった。自作を読む私は、詩人だった。それはどういうことなのか? 何が起きたのか? 何が起きていて、これから何が(もっともっと加速して)起きるのか?
私は、そういう予測不可能性を、いま、単に楽しみにしている。
そして連載詩『火歌』の執筆は、いよいよ最終盤に入る。あと何回かでこの連載を完了させる、という、これは宣言だ。また語るまでもないが、完了させたものは書籍として出発させる、のだ。
そこから先の世界を、私はまだ感知できていない。ただし予測不可能性がニヤッとさせている、私を。

ところで本サイトに『夏迷宮』を構想していた時期の試作の掌篇群を掲載する。第1弾はもう発表した(「善悪の彼岸・郡山」)。あと1本、じき載せる。この構想時代の私はひたすらガルシア=マルケス『百年の孤独』と故郷との接触のことを考えていて、だが同時に(私が勝手に命名するところの)「2匹めの『百年の孤独』を追う者のかかる罠」から逃れることも決定的に意識的に考えていた。しかしまずは、シンプルに『百年の孤独』をやってみた、というのがこの掌篇で、たぶんここから現在の『夏迷宮』の形はぜんぜん接続も接触もしていない(に等しい)であろうから、なんらかの側面で参考になると思う。その、なんらかの側面、というのは批評的な側面だし創作論的なそれであるかもしれない。しかし死蔵させてもしかたがないので、それからまた、いちどは郷里の講演会でハンドアウトとして〈日の目〉を見させてもいるので、ここで蔵から出す。