新生について

新生について

2026.06.27 – 2026.07.10 東京・埼玉

明日(2026/07/11)で60歳になる。いま、この文章を綴っていて、もう24時間を切っている。というか、私は午前4時15分の生まれなので、そういう精確な時刻をもとにカウントダウンしている自分がいる。このような書き方がどのようなニュアンスで読まれているのか不明だが、私は極めてポジティブにこのカウントダウンの時間を生きている。

比較するのは「30歳になる直前の自分」だ。30になるのと60になるのと、精神状態はどのように違うか? これはほかの同年代の人間たちからも感じたが、みな、30歳になる前には「もう若くない」と思い、不安がっていた。ふり返れば「そんなの、たかだか30代に突入するだけじゃないか。まだ若造だ」と感覚されるが、あの当時は実際にそうだった。この私だってそうだった。20代が終わる、というのはイコール〈若さの終焉〉のようであったのだ。

この感覚は奇妙で、私が実際に肉体的な老化、ある種の衰えを自覚しはじめたのは30代のお終い頃である。早い人は、もしかしたら30代の前半からそのような感じを持つのかもしれないけれども、どうしたって「30歳になるから老人」ではなかった。20代の若者というのは、いったい何に怯えているのだろうか?

たぶん「夢が絶えること。夢が断たれること」に怯えているのだ。たぶん「30代になったら、もう遅い」的に身をすくめているのだ。自分の記憶をたどっても、そういうことだったんじゃないかなと想像する。それで、私自身がどうしたか、だけれども、その頃の私は『13』という長篇小説をずっと書いていた。私は『砂の王』というノベライズの作品でいったんは本を刊行した、だけれども、完全にオリジナルな形で「小説の『宇宙』そのものを書く」というのは、していなかった。『砂の王』に関しては、とてもよい環境で作業させてもらって、結局はノベライズの〈縛り〉のようなものは皆無だったと言えるのだけれども(それはゲームの原作者=シナリオ担当であり、当時からの友人でもあるベニー松山のおかげだ)、それでも1あるいは0から「小説の『宇宙』そのものを書く」ということを私はしていなかった。

言い換える。私は1あるいは0から「小説の『宇宙』そのものに跳び込む」ということをしたかった。
何も〈縛り〉が無いというのは、つまり〈見る前に跳ぶ〉ということだ。
それをしたかった。それをすれば、自分は「作家になる」のだと直覚していた。
つまり、私にはそれが自分の夢だった。だから「夢を絶えさせない。夢を断たせない」と自分に語りかけつづけながら、私は29歳から30歳になった。

それでもやはり30歳になるというのは、ある種の機会を逸してしまうことなんじゃないかと私も怯えていたように思い出す。不安があったのだと思い出す。そして、その不安から逃れる唯一の手段として『13』の原稿を書きつづけていた。書き進めていた。その原稿は最終的に1100枚を超える。そういう、持ち込みの作家の長篇小説は、しかし自分が31歳の2月(1998年の2月25日だ)に刊行されたのだ。

あの時の感じと、この(「現在地」のテキストを打ちつづけながらもカウントダウンがどんどん進行している)今日のこの現在と、どう違うか?
不安がっていない、との点で、完全に違う。
もはや〈若さの終焉〉など、なんら問題ではないし。
私は29歳時点よりもちょっとだけ身長が伸びているし(ほんとのことだ。きっと背筋が伸びたのだ)。
どんどんと何かを始めているし。もっと始めるし。
私は前方に「いろんな機会」を見据えている。いまの私に言えるのは、逸するかもしれない機会がそこにあるのだとしたら、そうではない複数の機会をもっと、もっと「目を凝らして、つかまえればいいだけじゃないか」だ。これが助言だ。もしかしたら59歳の最後の日の自分から、29歳の最後の日の自分への助言だ。

目を凝らさないかぎり見えないものを、見ろ。
そこから始めろ。
「始める」ことができるのならば、いろんなことがどうでもいいのだ。何が終わりかけようと。何が衰えはじめようと。

ところで Instagram を数日前に始めた。初投稿は2日前だ。写真家で画家の髙橋恭司さんから「古川さんは、庭を、Instagram で綴るのいいんじゃないかな」との言葉をもらって、雉鳩荘の庭をこのオンライン上の〈場〉で開放することにした。誰かが何かをアドバイスしてくれる時、自分には見えないものが見える。私は恭司さんからメッセージをもらって、そのようにも直感したのだ。そもそもカメラは、色彩を省いた状態で「見えないものを見る」ために2カ月前にモノクローム撮影専用機を買った。Instagram のほうにはそのカメラでの写真を中心に出す。私たちは変化しつづける。私たちは、老化は当然している、どんな成長も言葉を換えたら老化だ、しかし〈老化〉をただ〈変化〉と言いつづけた時、きっと世界との関係が変わる。

いまの言葉はあなたへの助言にする。あなたが誰かを私は知らないけれど。まだ59歳の私は知らないけれども。