
愛の話
2026.07.11 – 2026.07.24 東京・埼玉
我が家(雉鳩荘)のダイニングの卓上には、いま、赤い団扇が何枚もある。ネット上の文章には簡単にはルビを振れないので「難読だな」と感じる人のために片仮名にすると、ウチワが何枚もある。ちなみに「難読だな」と感じる人を私が「読めないのかよ?」と思っていたりはしない。ぜんぜんしていない。だからこそ、おそらく〈純文学〉と呼ばれるジャンルに属する作家のなかで古川日出男がいちばん多量のルビを著作に振っているのだ。振れば読めるのだから、振ればいい。話が横にそれた。赤いウチワだ。
その赤いウチワ群には「ひでお60最強だ!」とか「ひでお応援してます」とか「60ひでお お誕生日おめでとう」とか、書き写していても赤面してしまうメッセージが書かれていて、その赤面度合い(=赤い)がやはり還暦っぽいのだけれども、私はそういうものを誕生日の翌日にもらった。アイドルのライブ会場で応援する際にファンが振っているやつがモチーフ、との説明を受けた。すごいな俺はアイドルだったのか、が驚愕の第一だが、この誕生日の翌日に友人がふたり雉鳩荘に遊びに来るのは以前から決まっていて、のんびりとした会食をやるんだろうなと私は想像していて、なのに到着した友人たちは普段とはどこか態度が違って、ある意味ではキリッとしていて、「な……なんだ?」と動揺した私は、「今日の食事は外でします。え? 何も聞いてないの? 外だから。はい、外に出て。日出男さん」と言われて、近所のお店に行った。
行ったら、お店の奥の大きなテーブルに、知っているような背中が複数あって(こちらに背を向けて座っている)、「え……なんですか?」と動揺した。サプライズの還暦パーティだった。私は完全に動揺し切った。しかも全員、赤いウチワを持っている。私は動揺をもっと加速させたほうがいいのか羞恥心に飲まれたほうがいいのか、わからない状態にいたって硬直したが、感動した。
その後、雉鳩荘に移った。そこでもサプライズ的なイベントは続いて、詳細は省くけれども、私のために友人のひとりがギターとともに歌った。『ベルカ』という歌をうたった。ほとんど絶唱だった。私は涙をけっこう本気でこらえた。そうした模様は他の友人たちに動画で撮影されていて、2種あるのだけれども、撮られ方というかすくい取り方の違いが、4種ぐらいの感動で封印されている。
私はとにかく、そういうことがこの日に起こると一切予想していなかったので、ひと言でいうと愛に呑まれた。
愛の話をする。私は今月は木曜日ごとにイベントに出演しているか編集者と会食している。つまり木曜日は「社交的な日」と言える。私が外に出て話していることが無難かどうかはさておいて(無難でなければ社交的ではない。もしかしたら私は社交をしているというよりもパンクなライブをしている)、昨日、2026/07/23からは週1回の講義というのがスタートした。クローズドな会なので、詳細は説かないけれども、ここから4週連続で教えることになる。その初回、いろんな質問に答えたのだが、こういう質問にも答えた。「1億年先の誰かと……」会うことになる古川の核心は? との問いだ。
私は質問をし返して「どうして1億年?」と訊いた。すると「『アビシニアン』のことが頭にあったので」と説明された。『アビシニアン』というのは私の小説第3作で、私にとっては深い思い入れがある。単行本は2000年に刊行された。私は、その直後、「なるほど」と答えながら、他の受講生のためにとその小説の冒頭をそらんじた。驚いたのは、自分が「そらんじることができた」ことだった。『アビシニアン』はこう始まる。
〈十億年がすぎて、わたしは東横線に乗りこんだ〉
正確に言えたのだった。そうした暗誦が全部の著作でできるわけではない。あるいは、ほとんどは可能でない。なのに『アビシニアン』の冒頭はスラッと出た。なぜ口をつけたのだろう? 簡単だ。私の、直後の感慨を記す。「ああ、俺はその小説を愛していた」だ。いまも愛しているのだな、とも続けられる。
この『アビシニアン』という本はまったく評判にならず(すばらしい装幀の単行本だったのだけれど)、現在、手に入れるのも難しいはずだ。けれども私は、たとえば文芸シーンで目下活躍されている複数の方から、具体的には3人の、年代も執筆のフィールドも異なる女性の作家たちから「『アビシニアン』が本当に好きです」や「凄まじく衝撃を受けました」と言われた経験を持つ。バラバラの状況で、バラバラの場で、だ。この、誰かの内側に深く沈んでいった本、という存在はなんなのか。それを愛している私、古川はなんなのか。その本を愛してくれているあなたはなんなのか。
『アビシニアン』の巻頭にはオクタビオ・パスの詩がエピグラフとして引かれていて、このことも26年後(とはいま現在だ)の私に直結する何事かを刻んでいる。1冊の本が私を貫いている。
クローズドな講義の質問の話題をあとひとつだけ続けると、善の定義はなんなのか、悪の定義はなんなのか、という矢のような問いも出た。その回答は受講生たちのものなので「現在地」には記さない。私がここで言いたいのは、愛には反意語がない、ということだ。善の対義語が悪だから、いろいろなことが惑わされる。いっぽう、いま書いたように愛には反意語が、対義語がない、と私という人間は考えている。
私は、愛に対置されるのは憎悪だ、憎しみだ、とはまったく思わない。
そうだ、その講義では、前回の「現在地」への返事ももらった。私は前回、〈いまの言葉はあなたへの助言にする。あなたが誰かを私は知らないけれど。まだ59歳の私は知らないけれども〉と書いた。だが、60歳になったら知った。ひとまず、ひとりの誰かを知れた。
雉鳩荘の庭の話をすると、私にはこの庭への愛がある。それは、庭が「私が意図したような形にはとどまらない」という現状に対する愛だ。変化するものに対しての愛だ。変わりつづける植生、増えつづけるエントロピー、それに対する私(と妻)のアクション。この庭への愛を、私は Instagram に記録する。

