掌篇「無条件降伏のち高倉健」
郡山市役所が騒然となったのは、異様なクレームが押し寄せたからである。
市には公式イメージキャラクターが存在し、たとえばJR郡山駅には大型のキャラクター像が設置されてもいるのだが、それらの像、すなわち「立体がくとくん」とその妹「立体おんぷちゃん」の、かわいらしい顔の下にもう一つの顔が見える、しかもゴツい顔である! と噂になりはじめていた。
なんと、がくとくんの顔面を割って出現しつつある別の顔があるのだ。
おんぷちゃんの顔面も、やはり同様に(下側に秘められた別の顔の圧力で)割られつつあるのだ。
「それは都市伝説でしょう」と苦情対応課の面々は思ったのだけれども、そうではなかった。
現地に赴くと、たしかに「立体がくとくん」や「立体おんぷちゃん」は、異なる容貌をじょじょに現出させようとしている……。
そのゴツい顔。いかつさ。これは、いったい?
「角刈りの男だ」と郡山市役所・苦情対応課・Aさんは指摘した。
「眉も太いです。先輩」と郡山市役所・苦情対応課・Bさんが応じた。
「しかも、この特徴的な表情は……」
「え? もしかして生前には文化勲章も受章した名優の、……高倉健?」
ここで郡山の歴史が一挙にひもとかれる。第二次世界大戦のさなか、郡山はアメリカの攻撃対象地となった。というのも市内で盛んだった産業に軍需関連が多かったためで、それゆえ昭和二十年(一九四五年)四月十二日、大規模な空襲を受けた。B29型長距離重爆撃機がおよそ五十機、郡山を襲った。四カ月後、誰もが知るように日本は無条件降伏した。占領軍も来た。この年のうちに農地改革が動き出した。それは郡山の地主層に甚大な打撃を与えるが、しかしそれよりも暴力団である。こちらは繁栄した。郡山は「治安の悪い街」として全国的に有名で、それゆえネガティブなイメージを活かした映画も制作された。たとえば高倉健が主演した『昭和残侠伝 破れ傘』がそうなのであって、この「昭和残侠伝」シリーズ最終作はもちろん全国上映されている。内容を鑑賞するかぎり、戦中(日中戦争の時期か?)の郡山が主な舞台で、ヤクザたちの組がどうも郡山には林立している。これは「多くの暴力団が事務所を構えている街・郡山」のイメージの反映であるとしか考えられない。そしてヤクザたちは采女祭りを背景に映画冒頭から動きだすのだけれども、しかし采女祭りというのは昭和三十年(一九五五年)に開始されたはずで、現在の形態になったのはその十年後から、のはずである。全くもってインチキな設定なのだが、それは「この映画が、郡山を『神話化』している」のだとも解釈できる。
そうなのだ。郡山は高倉健主演のこの映画でもって神話の世界に入った。
昭和四十七年(一九七二年)に公開された『昭和残侠伝 破れ傘』が、がくとくん、そして妹のおんぷちゃんの、口……いいや、顔面まるごとを通して、新時代の郡山のための神託を下す。


