ども新年ですねー、とホント軽く挨拶したい

ども新年ですねー、とホント軽く挨拶したい

2022.12.24 – 2023.01.13 東京・埼玉

新しい連載をスタートさせる、というのは新年にはやっぱり相応である。というわけで「文藝」誌上で『京都という劇場で、パンデミックというオペラを観る』が新連載と相なった。無事に発進できてよかった。この作品は、ご覧のとおりタイトルが長いので、担当編集者のサさんと私のあいだでは最初『パンデミック・オペラ』と省略されていて、のち、たった4文字のパンオペにまで縮まった。というわけで今後はだいたい言及する際にはパンオペである。なんか経済性高いね、この略し方は。じつは今日(2023/01/13)ほかの出版社の人たちとお茶をしていて、このパンオペが「おもしろいです。続きが楽しみです」と言われたのだが、そう言われると「続きを書くのが楽しみだなあ」と思えて、こういうのは善き連鎖である。ホント、まあ、楽しんで書きつづけたい。年内いっぱいは書いているであろう予定である。

ところでこのパンオペと、それから『の、すべて』を同時並行していたのが昨年の10月からで、考えてみるとそれでじゅうぶん手一杯なのだけれども、私はその他に朗読劇「銀河鉄道の夜」の新しい脚本も仕上げたりしていたわけで(今回の脚本はまるっきり以前とは異なるバージョンであり、生まれ変わりに近い)、ホント、まあ、自分も執筆に執筆を続けている人間である。私の場合、とりかかっている作業・プロジェクトは、それが形になってからとか、インフォを公開してよい段階になってから初めて言及するので、じつは「やっているけれども、ひと言も世間に言っていない」企画というのは、けっこう始終ある。

たとえばパンオペのそのタイトルから連想される企画だと、じつは2019年の秋から、私はあるオペラの開発に関わっていた。そのことを私はたぶん誰にもほとんど洩らしていない。これはアメリカ合衆国で初演になるはずのプロジェクトだった。作曲家もアメリカ人で、ニューヨークフィルが演奏するだの、けっこう規模感がいい企画だったのだけれども、一昨年だか去年だかにポシャった。一体そのオペラがなんだったのかは、あと10年ぐらいしたら他人に話していい気もする。しかし、まあ、その作業がスムーズに形にならないからこそ、私は『曼陀羅華X』で誌上のオペラというのを産んでいったのだと感じる。あの小説のクライマックスは東京湾岸・天王洲での歌劇「サロメ」の上演だったので。そして、結局のところ、こういう「産めなかった作品、プロジェクト」が、あの長い『京都という劇場で、パンデミックというオペラを観る』という新作のタイトルにまで連なっていて、私はまたもや〈誌上オペラ〉に向かっているのだ。やるしかないでしょが。

しかし小説だ。まずは小説である。年末年始はホント仕事をしまくっていて、結局私は1月3日を正確・明確な〈執筆始め〉と定め、それで何をしたのかというと、『の、すべて』のための新しいノートを準備して、喫茶店を数軒ハシゴして、手書きで『の、すべて』の第4部をがりがりと執筆する、という異様なことを3日間やった。だいたい11時間ずつ、その3日間は執筆をした。私は、このノートを土台に、通常のコンピュータ・ライティング環境に1月6日から移って、どうしてこのような異様な段取りを踏んだのかと言えば、『の、すべて』を傑作にしたいからである。いちど完璧に書いて(手で)、それを全部棄てて、ふたたび完璧に書こうと臨む(コンピュータ機器で)、という、ひとつの作品の内側で輪廻転生をさっさと済ませる、ということをやっているわけだ。

『の、すべて』はモンスター化している。ただ、それが読者に、初めから理解されるのかどうか。というのも、私は事情があってカズオ・イシグロ著作の再読モードに入っているのだけれども、正直うらやましい。なぜならば、数十ページ、あるいはもっとを超えて「何も起きない」ように見える作品世界が展開しても、イシグロ読者からは「でも、きっと、何かが起きたりするから、最後まで読もう」と思ってもらえる(……気がする)。日本の、読書界で、いま、状況はどうか? 『の、すべて』の冒頭の150ページほどは、たぶん、その後にこの小説が「ホントはこうなんだよ」と示すであろう姿を、ぜんぜん示させない、ということを私はやってる。それこそ読書の、小説の、文学の醍醐味だ。が、しかし、それに読み手についてきてもらえるのか?

ここで試されているのは、ホントはあれなんだよな、と思う。自分のブランド力なんだよな、と。

だとしたら、つけるしかないでしょが、となるわけだ。

ところで朗読劇「銀河鉄道の夜」だが、つぎの企画の出演者は、合計6人である。新年からみんなでオンラインで顔を合わせて、何時間も作業した。あと数日したら、対面でその顔を合わせて、スタッフも全員揃えて大人数となって、とんでもない〈基礎〉を作る。これは来月後半、ちゃんとインフォメーションを出します。大丈夫、ポシャらないから。さてさて、今年も「文学のリミットは一体どこにあるのか。どこまで(俺は)拡張しうるのか?」を、試すかねー。試すしかないでしょが。明るい気持ちで行きます!