ちいさな回顧展

20年の間にあったさまざまな出来事の記録/記憶の一部として、思い出深い品々を少しずつ展示していきます。

#2 「発掘された『ベルカ、吠えないのか?』極秘メモ」

2001年晩秋の創作メモより。ここからどのようなプロセスを経てあの『ベルカ、吠えないのか?』になったのか? “アイディアの種の化石”ともいえそうな、謎に満ちた出土品です。


『ベルカ』創作メモ01


『ベルカ』創作メモ02


『ベルカ』創作メモ03

解説

創作ノート類などが入っている段ボール箱を開けたら、長篇『ベルカ、吠えないのか?』を書き出す数年前のメモが出てきました。もしかしたら貴重かもしれないので、回顧展に出展します。冒頭、「8th」とあるのは、8作めに刊行する本、という意味であるのだろうと思います。実際には、『ベルカ』は9作めとして上梓されて、なぜかというと、村上春樹さんのトリビュート本『中国行きのスロウ・ボートRMX』を途中で(突発的に)執筆・刊行したからです。昔は、というか、昔から計画的だったのですね。それにしても、『ベルカ』が一人称小説として構想されていた時期がある、ということを、僕はすっかり失念していました。もし書き上げられていたら、いったいどんな小説になったんだろう?(古川)

#1 「雑誌に載った最初の書評」

文芸評論家・池上冬樹さんによる『13』書評(「本の雑誌」1998年4月号掲載)を、池上さんご本人の了承をいただきここに転載します。

才能溢れる第一作『13』にただ圧倒
新人・古川日出男に注目せよ=池上冬樹

 どうして僕のところに推薦文の依頼がきたのかわからない。知らない編集者だし、小説は無名の新人のデビュー作。“どういう話?”と聞いたら“ジャングルで神と出会う話です”という。なんか面倒な気分がしたが、とりあえず読んでくれというので、億劫な気分のまま読みはじめたら…いやはや、これが素晴らしくいい。とても新人のデビュー作とは思えない。処女作だから細部が過剰だが、決して退屈はせず、むしろ溢れるばかりの言葉とイメージが鮮烈で、その才能にわけもなく嫉妬を覚えるほど。古川日出男の『13』(幻冬舎一九〇〇円)である。

この小説は二部構成。第一部「13」は、アフリカのジャングルの深い森のなかで少年少女たちが神秘的な体験をする物語で、第二部「すべての網膜の終り」はそれから十年後、ハリウッドを舞台に映画監督や女優たちが映画を作る物語。鬱蒼としたアフリカの密林のなかで繰り広げられる神話的な世界と、現代のハリウッドでの世俗的な映画製作。一見何の繋がりもないように見えて、微妙に重なり、交錯し、物語の密度と象徴性を高めていく。その鍵となるのが、タイトルの「13」。これは密林の奥深くにある“神の森”に迷いこんだアメリカ兵士の認識票の番号だが、物語のなかでは神の霊魂として扱われる。人物たちはそれぞれ神とは何か、神話とは何か、霊とは、映画とは、芸術とはと問いかけつつ、「秘蹟の触媒」としての「13」によって己が真実を見いだしていくのである。

神々しく、敬虔な気持ちを抱かせつつ、ときに激しくエモーションをかきたてる成長小説である。神秘的だが、細部ははなはだ現代的な“魂”の物語でもある。とにかくマジック・リアリズムと言うほかはない、言葉とイメージの奔流が凄い。いくつも層をなす言葉と文化の厚み、そして極めて濃密な物語には、ただただ圧倒されるのみ。いちおう純文学になるが、エンターテインメントファンでも必ずや楽しめるはず。全篇に才能がきらめいていて、褒めすぎかもしれないが、第二の池澤夏樹にも村上龍にも、あるいは船戸与一にもなれそうな可能性を感じさせる。いやはや、凄い新人が出てきたものだ。古川に注目!

解説

1998年、その2月の、25日。僕の処女作『13』が刊行されますが、本に巻かれた帯には、池上冬樹さんが感動・卒倒してしまう推薦文を寄せてくださっていました。担当編集者からは、同時に、「池上さんが、今度出る『本の雑誌』で、書評を書いてくれるようですよ」とも聞きました。そして翌月、その「本の雑誌」の発売日に、朝、書店に走ったことを憶えています。ここに、池上さんのご許可を得て、「初めて雑誌に載った古川日出男の書評」を展示します。いってみれば、デビュー時のほんとうにほんとうに大切なドキュメントです。(古川)