断絶とは無縁のミディアムとして

断絶とは無縁のミディアムとして

2025.11.15 – 2025.11.28 東京・埼玉

今月は母親の7回忌のために実家に帰るということがあった。私の実家の、その家は、私が中学1年生の時に建った。小学6年生の時に、それまで暮らしていた家(すなわち旧宅だ)から退いて、私は祖母と2人、半ばプレハブのような建物で暮らしていた。その期間は1年間となかったのだけれども、小学校を出て、進学して、初めて〈英語〉というものにふれて、毎朝ラジオの英会話番組を聴いていて、そのかたわらで祖母が朝食を作ってくれている、という光景を思い出す。「ばばちゃんも、いっしょに英語、憶えればいいのに」と思って、音声を流していたことを記憶している。私はその頃、実家の敷地の、シイタケの匂いに囲まれながら、勝手に本を読み、勝手に勉学に励んでいた。この世界の外側に、もっと大きな世界があると信じていた。

当然ながら、この世界の外側にもっと大きな世界があると信じるのにインターネットやスマートフォンは不要で、むしろ「なかったからこそ、巨大な信頼感を抱けていた」と思い出す。常時つながっていると、世界に対して麻痺する。安全感覚に対しても麻痺する。私は少しばかり精霊(スピリッツ)と会話していたが、そのほうがAIキャラクターを友人とするより安全だった、ともふり返れている。

母親の7回忌で、姉が実家の一室から古いアルバムを出してきた。そこには旧宅が写っていた。旧宅の内外が。「日出男はこれを憶えている? この神棚の上のこれは?」等と姉が尋ねて、私には、憶えているものもあれば忘れているものもあった。そして、不思議だったのは、そのアルバムに関心を示すのは、姉と自分だけだったことだ。当たり前だ。なぜならば、その旧宅に暮らしていたのは、亡き母、亡き兄、亡き祖母、そして姉や私などで、その7回忌の同じ場にいた義姉や、甥や、甥の妻や、甥の子供たちは、いっさい縁がない。そのような「いっさい記憶にない」ものは関心を持たれない。そして「関心を持たれない」ものはほとんど認識もされない。アルバムが開かれても。

そこに1枚の写真がある。
それを見て震える姉がいて、自分がいる。
他の人間には、そこにあるのは古い、なんら感慨をもたらさない〈画〉である。

記憶とはこういうものだし、歴史とはこうだ。無縁になると、価値を発揮できない。

こうやって断絶が起きる。
そして、継承されない事柄が積み重なる。
それが国同士であれば、誤情報の拡散戦(あるいは拡散合戦)になる。つまり、歴史とはこういうものだ。そこから〈戦争〉は一足飛びとなる。

私は1970年代から本を読んできた。ということは、つまり、明らかに1970年代から〈文字〉というフレームを与えられながら周囲を認識してきた。それは1980年代から読むこととも、2010年代から読むこととも違う。そして1970年代に、もっと以前のことを書いた著者たちの〈文字〉に触れた事実は、何かの断絶を跳躍させている。私に、だ。たぶん私は非主流の〈文字〉ばかりを好んでいたはずで、すると大文字の歴史からはゴシゴシ消されている記憶も、時代も、消された時代の内側の空気も、フレームごと理解している。非主流の50年、100年と遡れる。そういう自分の立ち位置に関して、私はだいぶ自覚的になってきた。

もちろん私は「昔はよかった」と言いたいのではない。昔は悪かったし、もっと悪かったし、しかし、よかった。いまは、悪いし、もっと悪いし、もうじき変わる。「変わらないよ」という人たちと、正面から意見をぶつけ合いたいとは思わない。そういうのは主流同士がやっていればいいのだ。私は時代に〈文字〉というフレームを授けたい。そして祖母と暮らした、あのプレハブのような建物の屋内にも、いつだって戻りたい。その時の自分は12歳でしかない。13歳になったばかりでしかない。