時間について

時間について

2026.02.28 – 2026.03.13 東京・埼玉・大阪・京都

おととい(2026/03/11)は東日本大震災のあの発災の日から15年めだった。そして、そういう「記念の日」にだけ何か、特別に強い注目が報道的に集まる(集められる)ことに関しては、やはり両面感情がある。ただし、個人がその日付、その時間に反応するのは当然だし、そこには意味があるとも同時に感じている。私自身はどうか? やっぱり「15年が経ったんだな、もう」と思った。それから、15年前のその日のその時刻は京都にいたな、という記憶の前に、おととしの3月11日は京都にいたな、とも思った。おととしは、その少し前から大阪、兵庫、京都と動いていた。兵庫では須磨にいて、居心地の良いカフェで知らない人たちと話したりしていた。と同時に源平合戦の現実の痕跡を追い、虚構の存在である光源氏の、なぜか現実に存在している(と伝えられている)痕跡を追ったりもした。それから、3月8日のうちに京都に入った。そして11日までの間に、その11日当日もそうなのだけれど、だいぶ古墳を見た。

許可を得て見学をしたりもした。それはみんな『夏迷宮』の取材だった。いったい信仰を集める埋葬地ってなんだろう、そこに「古い人」が葬られているってなんだろう、そして、古代ってなんだろうと体感しようと努めていたのだ。その『夏迷宮』は、いまは書き上がり、そして今日(2026/03/13)の午前中に雉鳩荘に再校ゲラが届いた。これを見終われば、チェックを完了して編集部に戻せば、とうとう『夏迷宮』は書籍として刊行される準備が整うことになる。いよいよ刊行まで、40日を切った。

そういう時間がおととしから流れている、と、私はおとといに思った。東日本大震災に関しては、先週の金曜日に発売された「群像」誌に、2023年8月からのことを書きつづけているノンフィクション『あるこうまたあおう』の独立した最終話「灯台から灯台へ」を発表して、自分に言えること、いま自分が言いたいことは言った。その原稿は150枚をはるかに超えているのだけれど、要するに「言いたいことを言う」ためには枚数が要る。私が不思議なのは、たとえば震災という巨大な出来事に関して、ほとんど誰もが「ひと言で(メッセージを)語ってください」と求めているような、あるいはほとんど誰もが求められてしまうような、そういう風潮で、言えるんだろうか? ひと言で、まとめられるんだろうか? 「悲しいです」とか? 「まだ怒ってます」とか? 「防災は大事ですね」とか?

言えない。

私たちはメッセージを言葉にする訓練を受けている。学校教育がそうだし、社会に出ても、やっぱりそうだ。でも、これは危険な訓練だ。基本的に紋切り型になるし、つまり、誰かの〈受け売り〉になるから。大切なのは「自分が何を言いたいのかを、自分がその魂の奥底では何を考えているのかを、ふだん暮らしていると気づけない」という事実に、どういう形であっても気づくことだと思う。たとえば、目の前で誰かが、何かが事故に遭おうとしている。その時、自分が実際の場面でどうふるまうのか?

それは、その〈実際〉が到来する瞬間まで、わからなかったりする。

だから、不用意に語るのは危険だ。
特に、不用意に「正義」や「正論」を語るのは。

たとえば「おととしが震災の発生の年だった」という、2年後の実話を書く。2013年2月22日だ。まだ東日本大震災発生から丸2年は経っていない。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授が講義を行なうというNHKの人気番組があって、その「震災」特別篇というのが東北大学であって、じつは私はその授業に、その番組に出た。参加者は1000人ほど。大きなホールで行なわれた。その1000人のうちの、かなりの割合が、いわゆる被災の当事者だった。

私は、いわゆるゲストの扱いだったが、事前にサンデル教授に挨拶するという機会はなかった。そして、何を質問されるのかも知らされていなかった(この辺りは本当に凄い。ヤラセがないのだ)。たしか4項目の大きな質問=問いがあって、そのひとつに回答した。いつ、自分が「答えることを求められる」場面が来るのかも知らず、講義は進行していって、いわば「もっとも難しい質問」の時に、起立を求められた。その大ホールで。私はそれまで、単に客席に他の参加者に埋もれて座っていたのだ。

何かの災害が起こる、と仮定する。その時、自分の命を守ることを優先すべきか? あるいは、人びとの命を守るために身を投げだしてもいいのか? つまり、災害時には「弱者を見捨てない」ということを優先して、自分(の命)を顧みないという行動を採っていいか?

究極の問いだったと思う。

この問いに、たとえば論理的に回答できる自分がいる。その本番に臨んでも、自分は(どんな質問が来ても)論理的に答えるんだろうな、と想像していた。実際はどうだったか? その1000人のなかに座り、埋もれるようにして座り、あらゆる状況をリアルにシミュレーションし、いわば脳内に映像化し、そうしたら、まったく考えていない答えを、それまで考えてもいなかった回答を、ゆっくり、もしかしたら極端なまでに論理的に、その日の私は口にしていた。

これ以上のことはここでは語れない。ただ、サンデル教授が「あなたは雄弁だ」と評したことは憶えているし、ここにも記しておく。が、その(雄弁であったかもしれない)回答は、ほとんどその場で湧きあがってきた言葉、思考、生死の論理=倫理だったのだ。即興だったのだ。じじつ私はそんなふうな回答に至った自分自身に驚愕していた。

そういうこともある。
そういうことがあるから、けっして〈受け売り〉のメッセージで自分を武装してはならないと思う。私は。
みんなもそうであったらいい。