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それぞれの持ち場

それぞれの持ち場

2026.03.14 – 2026.03.27 東京・埼玉

じつは風邪で倒れた。まあ「倒れる」というほどの症状にはならず、要するに私は意識して休んだ。あっ、こりゃだめだと思ったので、外出はいっさいせず、睡眠時間は10時間弱取る、という2日間を過ごした。もちろん「睡眠時間は……」と言っても、悪寒がしていると眠れないから、「ベッド滞在時間は……」が正しい。そして、単に何もしないでベッドにいる、という、それこそが最良の治療法だったりするのだ。なぜならば風邪をひいてしまう、その原因の最たるものはストレスだから。そしてストレスの主因は? 〈時間がない〉ことだから。これは現代病である。

現代は、とにかく「空いている時間を奪う」ことに長けている。そこにしか商機はない、とあらゆる経済的猛禽類が狙っている。だから私はふだんから、意識的に〈時間がある〉を作っている。時間があるとはどういうことか? 何もしない、ということだ。朝の40分間のヨガ、それは続けるとどこかで「何もしていない」精神状態を生む。また、ほんの短時間でもいいから瞑想。そういう実践を続けてきたのだが、しかし先月末から時間に追われることになった。中東情勢だ。

事態を正確に見極めるために、あらゆるソースから情報をとろうと努めた。それで、時間に追われた。だが「アメリカとイランは協議しているのか? 本当に(狭義での)協議をしているのか?」との段階に至り、とうとうイラン政府当局者が「アメリカは自分自身と交渉している」と告げるのを見て、こりゃもう哄笑だよ、と天を仰いだ。それから私は倒れた。

国際法はどこにもないし、国際法は、それを無視する人間が「作るぞ」と言っている。私はこの「情報を追う期間」に、この世でいま最も見たくない人間の顔を日に何十度も目にすることになって、それゆえに風邪にやられたのだとも語れる。

予言がしたい。

私は巫覡になりたい。巫女を〈巫〉、巫男を〈覡〉というのだと個人的に理解しているが、そのどちらでも潜在的にある人間あるいは生命体になって、ただ、書きたい。表現したい。

その持ち場で、この現状に、壊れるまで対峙したい。
でも、風邪は面倒だ。いやだ。さっさと快復してやる。

4月23日に刊行される『夏迷宮』の単行本は水戸部功さんが装幀を手がけてくれた。今日は色校が雉鳩荘に届いて、その実際の(目に触れる)感触、それから(手に触れる)質感に感動している。そこには物質がある。いっさいフェイクではない、なにごとかがある。そこには謎もある。装幀家がこの小説を批評したがゆえの、さらに開かれた扉がある。著者の私から言わせてもらえば、扉はふたつもある(!)。専門用語で「見返し」という箇所に、ほんとに衝撃を受ける。そこに、ものがあるということ。そこにあるものは、それを手にする人間とともにいるということ。それぞれの持ち場を感じさせるということ。

持つ、ということ。

3日ごとに雉鳩荘の庭が印象を変えはじめている。春だ。どのような〈現況〉であれ、それらは確実に変化するのだ、未来永劫に不変のものはないのだという真理のみ、あえて最後に記す。この真理を、たった4文字にまとめよう。諸行無常。