小説の中距離走・詩の中距離走・列島の移動

小説の中距離走・詩の中距離走・列島の移動

2025.07.26 – 2025.08.08 東京・福島・宮城・北海道・埼玉・島根

移動をし続けて、かつ、書きつづけた、あるいは(眼前の表現に)集中しつづけたという2週間だった。飛行機に4度乗った。書きつづけたのは新作小説であり、また連載詩「火歌 hiuta」の最新作であり、そして目の前にある〈表現〉として集中したのは、最大のものは朗読だった。それは北海道で行なった。具体的には札幌のNHKのスタジオで。北海道スペシャル「極北ラジオ 樺太・豊原放送局」という番組に自分はかなり変わった形で出演した。

かつて日本国には豊原市という市(自治体)があり、そこには樺太庁が置かれていた、と書けば、「なるほどサハリンにあった都市か」と、あるいは気づく人もいるかもしれない。そこは日本領だった、そこ〈南樺太〉は。いま現在はロシア領であり、それ以前はソ連領である。しかし、日本領であった時期を持つのであって、そこにはNHKのラジオ局が存在していて、放送していた。

そのラジオ局は3年8カ月で消滅した。局長は、ただひとりだった。その局長の書き残した「消滅報告書」を私が朗読する、という形態での出演だった。つまり、1945年8月に、その豊原はソ連軍に侵攻された。そして生じたのは〈空白〉であり〈空洞〉であり、空洞から物語が生まれえるものならば、私は関わらなければならない。

非常に集中がしやすい環境でやらせてもらったので、いい具合に場を生じさせられたのではないか、という実感がある。この「場を生じさせる」について解説すれば、たとえば私の小説は、たぶん一般的な小説よりも物語世界の強度や、そこに〈ある〉と感じさせる宇宙の粘度が強い。この事実は単純に私の作品の特性であり、この特性ゆえに、「普通の小説とは違う」「読みづらい」「難解だ」とも言われるのだろう。しかし、私たちが現実に生きている社会そのままの小説を「どうぞ。お金を払って、買って、あるいは図書館で借りて、友人たちから借りて、読んでください」と申し出るのは、私の基本的なスタンスではない。この社会・この世界の内側に読む人たちが在りながら、その小説を読む時には異なる「場が立ち上がる」ような作品、真に異世界(というよりも他界=異郷)にひき込まれる作品……それを私は提供したい。いつだって、読者にそうしたものを捧げたいと望んでいる。

そのスタンスから言えば、私の朗読は、基本的には同じことをしている。私が〈読む〉ことで、そこに瞬時に「場が立ち上がる」という朗読を、私はやろうと心がけている。いつもいつも可能なわけではない。が、実現したいと望んでいる。

そして、それは詩作に関してもそうだし、もしかしたら「文芸時評」的な評論に関してもそうだった。その意味で私は、いっさい多才ではない。同じことをやっている。この「同じこと」が表現を貫いているかぎり、私は迷っていない。私はいま、けっこう肩書きが増えるような表現活動をしてもいるわけだけれども、ほんとはぜんぜん増えていない。この「多才ではない」との宣言は、かつてもしたし、これからも折々したほうがいいだろうなと考えている。人に名乗る際に「小説家です」と言わないようになって、そういえば久しい。

たぶん現代社会は、人間のキャラクター(およびパーソナリティ)を真に多数化しようと圧力を強めている。私たちは「たったひとりの自分」であることも許されない、ということだ。それが幸せな人たちも当然いるのだろうが、私は、ひとりの人間がひとりを貫けることは、やはり幸福に直結しているのではないか、とも思っている。だからこそ、私は「マルチな表現者ではない」と何度も宣言する。私は、小説家も詩人も評論家も、劇作家も、その他にこうやって朗読も、いろいろとやるわけだが、私はまったく「いろいろなこと」はやっていない。私は、ただただ場を生みたい。厭気がさすような社会、生きる気力を奪われるような現代に、異なる場を一瞬に現出させる行為。それを、私の本を読む人たちに提供して、私のそれ以外の表現に触れる人たちに視聴してもらいたい。

これ自体が、歴史の中に立つ、ということだ。あなたがだ。
そして、独裁的な皇帝たちがいるような現実の〈外〉に立って、ひょうひょうと世界を俯瞰する、ということでもある。もちろん、あなたには、私たちには、それができるのだ。

ところで、いろいろあって島根県を数日かけて横断したのだが、すばらしい土地だった。あちらこちらに「場が立っている」のを感じたのだった。危うく観光マスコット・キャラクターの〈しまねっこ〉のグッズを買い漁るところだった。猫キャラは、やばい。