そこからここからここへ、ここへ

そこからここからここへ、ここへ

2023.03.11 – 2023.03.24 東京・埼玉・福島

私はぜんぜんプロフェッショナルな小説家ではないのだと思う。私がイメージするに、いわゆるプロフェッショナルな小説家というのは、時間を決めて、「ここからここまでは労働タイムだ」と言えて、そのあいだにちゃんと書ける人たちなのだと思う。

そういうことが私には全然できない。

朝、起きると小説のことを考えている。実際には、最近は23:00前後に布団に入っていても、下手したら1時間後にはいったん目を開けている。2時間後には開けている。その2時間後にも目覚めて、午前4時にも、5時にも目覚めて、そのあいだ、ずっと、「小説をどうしたらいいか」考えている。そして午前6時過ぎ、覚悟を決めて起きて、すると、何時間か費やして執筆しようとしている小説の〈宇宙〉に入る。それはすばらしいことなのだが、いつ、その〈宇宙〉から出られるかはわからない。

最近の私は、24時間のあいだに、だいたい25時間は仕事をしている。

今日は2023年の3月24日で、正直に語ると、私はこの「現在地」に何を書いたらいいのかわからない。最新の小説として刊行されるであろう『の、すべて』は、たぶん1000枚を超えるような枚数に至っていて(といっても私はぜんぜん枚数を計算していない。そんな状況ではないのだ。私は目の前の課題に力のかぎり組みつくことしかできない)、たぶん残りは30枚前後になった。

私は午後から、雉鳩荘から東京駅へ、東京駅からいわき駅へ移動した。

福島だ。これは別な〈宇宙〉だ、と今日の私は感じている。私は、ふだんは小説を執筆するためにすべての現実を犠牲にしている。そして、そうやって抑圧された現実をも超えて、こうやって第二の〈宇宙〉に、ルーツである福島に入っている。

ここも、もしかしたら小説であるのかもしれない。

2日後までここにいて、それから雉鳩荘へと移動する。この第二の〈宇宙〉に誠実に接して、誠実に言葉を発して、誠実に思考を深めて、そして、また第一の〈宇宙〉に戻って、自分のちっぽけな現実は犠牲にして、たぶん、命懸けの数日間に臨む。

私が脱稿予定日としている日、今月の31日、それは、私が心の底から愛した猫のうちの、1匹の命日だ。そこに向かって、ただここからそこへ、そこからここへ、ここへ、ここへ。そう思う。