1日は24時間である、のだけれども

1日は24時間である、のだけれども

2023.09.23 – 2023.10.13 東京・埼玉・福島・千葉

先月末に単行本『の、すべて』が刊行された。今月頭には文庫『平家物語 1』が出た。この後の刊行予定を記すと、来月頭に文庫『平家物語 2』が出て、来月下旬に単行本『紫式部本人による現代語訳「紫式部日記」』と文庫『女たち三百人の裏切りの書』がともに新潮社からリリースされる。12月頭には文庫『平家物語 3』が、来年1月頭には文庫『平家物語 4』が出る。ちょっと予想外だったのは、これは制作関係に私がタッチしていないからだけれども、向井秀徳さんとのレコード『A面/B面〜Conversation & Music』が今月25日に出る。他にも自分のコントロール外のプロダクト群はあるので、この期間内にもしかしたら形になるかもしれない。が、とりあえず、そういうものたちがいろいろと出る。それぞれに関する発言(インタビュー)だの映像(朗読)だの、またイベントの開催だのもある。少し落ち着いたら、このサイトの「セルフ解説」のコーナーもそれなりの頻度での更新をやってゆきたいと考えている。目下のところは余力がない。また、皆がついてこられないペースで言葉を叩き出すのはできるかぎり控え目にしたいとも考えている。

小澤英実さんが『の、すべて』で初めてのロング・インタビューを行なってくれて、とてもありがたい内容と、ありがたい時間だったし、小澤さんとの二人の写真に映る自分も愉しそうだ。で、そこで小澤さんは、私=古川という文学者の〈予言体質〉を指摘された。そのうえで、さらに補う。単行本の『の、すべて』の394ページから396ページにかけて、私はとある登場人物(政治家である)にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に関して語らせた。その「政治的登場」の背景についても解説した。そのうえで、今月に入ってからのイスラエルの情勢、ガザの情勢がある。私はネタニヤフの演説する映像を、こんな『の、すべて』リリース直後に目にするとは思わなかった。はっきり言うが、私はネタニヤフは好きではない。相当に問題があると前々から考えている。

あと、これも書いておいたほうがいいだろう。文庫の『平家物語』シリーズには、その巻末に書き下ろしの連載「後白河抄」が入っている。その第3回に、ということは12月頭に発売予定の『平家物語 3』の巻末にということだけれども、私は主題としてパレスチナ人たちの「インティファーダ」を採りあげている。この原稿を私が執筆して、担当のシさんに入稿したのは今年の7月27日だ。まさか日本のメディアで、「これから第3次インティファーダが……」的な報道に触れることになるとは、私は思っていなかった。きっと、ほとんどの読者は、今月のイスラエル/ガザ地区での事態を受けてから、私があの原稿、あの「後白河抄・三」を書いたのだと誤解するのだろう。

たぶん私は、現代だの現在だのというものと接戦(デッドヒート)を演じているのだ。それはいいことなのだろうか? そこに何かの価値があるのだろうか? もちろん「あってほしい」とは願う。だから必死に疾駆している。1日は24時間しかないのに、ふたたび72時間ぶんの作業をしている、と感じる。

この3週間で、福島に行き千葉に行き、また福島に行く。私は上記したように、7冊の単行本および文庫の作業を行なっていて(刊行が終わった書物も、その後の作業は多い)、それに忙殺されてはいるのだけれども、河出書房新社の雑誌「文藝」に連載している『京都という劇場で、パンデミックというオペラを観る』を11月末までに脱稿しようと思っていて、そう、最終回に至らせようと思っていて、来週の半ばからは意識をほぼ、同作(パンオペ)に向けはじめる。が、それだけだというのは嘘だ。すでに来年スタートさせる数種のプロジェクトの具体的な準備作業に入った。2作品は、発表媒体・版元が決まっているので、かなりギリギリとネジを巻いている。この瞬間に、2年後や3年後のことも考えている(いまから考えないと間に合わない)。ほかに、たぶん3作品、私はプロジェクトを胸に秘めているし、昨年の夏から大量のメモを取っている。が、小説作品に関しては、発表する〈場〉のことも書籍化の際の〈パートナー〉=出版社のことも決めていない。そういうのは何かにゆだねている。その「何か」というのは、情勢・状況だろうし、ある種の運命だろう。

その「ゆだねる」ような心持ちは、受動的なモードとは程遠い。たぶん、そこにこそ攻めの姿勢があるのだと直観している。もちろん私は不安にも駆動されている。が、不安がどうしたというのだ? 不安や不安定さはこの時代の単なる初期設定(デフォルト)だ。それだけだ。