曼陀羅華AからZ #03

感染爆発に見舞われるI以降からQ:運命

私の『曼陀羅華X』で、ちゃんとした名前が付けられて登場する人物(や動物)は相当に限定されている。啓という子供がいて、サンという犬がいる。が、その他にはいないと言ってよい。主要な語り手たちはみな、ただ単に「私」だし「わたし」だし「ワタシ」といった自称で話していて、かつ、それぞれの本名というのを決して明かすことがない。

ただし最初からそうであったわけではない。私(とは著者・古川という、この私だ)が文芸誌「新潮」の2020年3月号(これは同年2月7日に発売されている)から連載をスタートさせた『曼陀羅華X 2004』には、その本名が早々とフルネームで明かされる登場人物もいた。そしてこの登場人物は、アルベール・カミュの小説『ペスト』の文庫本バージョンを、作中で読んでいたのだった。これはかなりゾッとすることであり、私はこの連載の第1回めの原稿を同年1月7日の午後4時台に編集部に入稿していて、その時点では世界(=地球)のほとんどの人間が、これから新型コロナウイルスの脅威が始まるとかその脅威がパンデミックにまで膨れあがるとか、その結果、カミュの『ペスト』は世界的なベストセラーとなって、日本でも100万部を突破する(しかも新潮文庫版が!)など想像していない。

私は、あるソリッドな構想に基づいて、その『ペスト』というカミュの著作を自作(=『曼陀羅華X 2004』)内に忍び込ませていた。オウム真理教は1994年および1995年に化学兵器のサリンを撒布したわけだけれども、私はその先の……生物兵器、ということを考えていた。その私の着想を、もっと、さらに説明しやすい形で語るように努めるならば、私は、中国の武漢において2020年の1月下旬以降に爆発的に展開したような事態を、ほぼ明瞭にプロット化して、この『曼陀羅華X 2004』に投じるつもりでいた。本当にそうした予定でいたのだ。

いったんは、私は、何があろうともプロットは死守しようと考えて、このウェブサイトにも次のように書いている。2020年4月1日に。これは宣言だった。

〈やはり、私はそういう方向を選択するのか? 実際に新型コロナウイルスの〈悲劇〉がこの地上を覆っているから、小説はここで中断するなり、そのストーリー展開というのを全面的に変えるなり?〉……〈いまひとつの道もある。構想のままに「同じ小説」として書いてしまう、だ。私は、世界がコロナ禍に襲われているというのに、それをなぞり、そこにビジョンを「重ねる」小説を、このまま、来年のどこかまで、執筆=連載しつづける……〉

そのように宣言して、のちに私は、この宣言を……そうなのだ、事実として撤回した。たぶん、この時に著者の私は、1)作品にはそれぞれの運命というものがあって、2)だが場合によっては、その運命を徹底して自分でデザインし直さなければならない、3)与えられるだけの運命を甘受してはならない、と知ったのだ。いわば「お前の運命をデザインしろ(Design Your Fate)」と言った。それは古川が古川自身に対して、であるのと同時に、『曼陀羅華X』なる作品に。

言ったのだった。