犬王の巻は変容する

幻の初稿


まず、この写真が『平家物語 犬王の巻』の初稿、その手書きの原稿を全部保存・収納したファイル(ビニール袋)と、そこから取り出した扉のページ、本文の1ページめ、9ページめ、その他である。右下が、初稿『犬王の巻』の冒頭部であって、その書き出しは

〈ひかりがないのでございますよ。ここにはひかりがないのでございますよ〉

であることがわかる。しかも、この語り手は「わっし」と名乗っている。何者なのか? じつは世阿弥に仕える人間である。そして、その人間は、世阿弥から「爺」と呼ばれている。この初稿版『犬王の巻』は、第3章から語り手が世阿弥に変わって、画像の左下に目をやれば、世阿弥の言葉(=語り)が登場してきていることがわかる。

私はこの初稿を、じつは「『平家物語 犬王の巻』レベル1」と呼んできた。この初稿は、起筆から2カ月経たずに破棄されて、そこからコンピュータを用いて執筆する「『平家物語 犬王の巻』レベル2」そして「『平家物語 犬王の巻』レベル3」へと進んだ。現在刊行されている『平家物語 犬王の巻』は、もちろんこの作品こそが劇場アニメーション『犬王』の原作となったのだが、レベル3である。

ただし、つぎの写真を目にすると、さらに判明することがある。

これは第1章と第11章のそれぞれの書き出しである。この第11章で、「おいら」という自称を用いて語りだしているのは誰か? 答えを言えば、友魚である。ここから友魚が、どうして自分は視力を失ったか(すなわち壇の浦での、「草薙の剣」の引き揚げをめぐるエピソード)を語る。

私のレベル1の原稿=『平家物語 犬王の巻』初稿というのは、世阿弥の側にいる「何も見えないから何もかも聞いている」盲目の老人を主人公に、彼がかつての出来事を語る世阿弥の言葉に耳をすまし、その世阿弥の語りの内側に現在の『犬王の巻』の全部が入っている、というものだった。

この初稿で、私はひとりの名もなき人間が、同様に名もなき芸能者となった犬王の、その「うしなわれてしまった歴史」をまるごとアーカイブするということをやろうとしていた。しかし、それを実践するためには、これらの写真にあるようなやや実験的なスタイル(構造、文体)では不可能だ、と悟った。

そしてこの手書き原稿(レベル1)をすべて没にしたのだった。担当編集者にも見せなかった。